2007年09月26日

お弁当箱

オータイニュース
9/26のオータイニュース
店主唯一の情報源オータイニュース。
本日は涼しいかなと新しく買った(買ってもらった)パーカーを着込み外に出たが、長袖を着るのは早計だった。
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検索さんいらっしゃい
「検索さん」とはYahoo!やgoogle検索から拙ブログに訪れてきた人のことをいう。

9/26の検索さん

「ヒュルスタ ベッド 寝心地」
教えてtai! みんなの疑問、鯛が解決。
寝心地は抜群です。
■参考過去記事 ヒュルスタのベッドははたして高いのか?

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朝、Jukaさんから「コンペの企画が通りましたよ」とのメールがくる。
二度寝しようと思っていたが、事務所に出向く。
中野坂上駅まで歩いた時点でお弁当箱を忘れたことに気づく。
家に取りに帰る。
かるい徒労感。

お弁当
リサーチを手伝ってくれたJukaさんとお弁当を食べながらお祝い。
写真右がたかぎ鯛吉郎、左がJukaさんのお弁当。
俺はドカベン山田太郎かという程のボリューム。
米一合はつめられていた。
「これ全部食べれるのですか?」と言われながらも完食する。
Naz特製ネギ味噌ソボロが美味しかった。

お弁当でお腹いっぱいだったので夜ご飯はパイナップル。
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「キャラ化するニッポン」読了。
内容説明
キャラクターと日本人の関係は精神的に強い絆で結ばれている。コミュニケーションから、身体感覚や健康意識、政治や経済、コンテンツ、タレントまで、様々な領域でのケースを取り上げ、キャラ化するニッポンの現状を考察する


社会がすべてキャラ化していくという論旨だが、果たしてキャラ化した社会がいいのか悪いのかについて著者は言明していない。(若干の違和感は表明している)

本書の最後で著者は「セカンドライフ」を紹介した後にこう結論づける。
本書p175
ぼくはこの本で、テレビや映画の中で起きている「生身の身体」と「キャラ的身体論」とのヒエラルキーの逆転について書いたが、もしかすると、現実社会においても「生身の私」と「キャラとしての私」のヒエラルキー逆転が起こるかもしれない。
仮想現実社会を軽やかに闊歩しながら、パソコンの前に座る「生身の私」のことは小指の爪程度にも気にかけなくなる、そんな日々がやってくるかもしれない。
つまりは、「セカンドライフ」が「ファーストライフ」になる時が。
そして、その時「キャラ化するニッポン」は、確実の次の、もはや後戻りできないステージへと進むことになる。
「仮想現実」と「現実」の線引きはどこにあるのだろうか。
PCの前での「生身の私」は、美味しく作れた珈琲を味わいながらこの文章を綴っているし、書き終えたら洗濯物をたたむ予定だ。
労働をしなければ生活していけないし、水曜日には燃えるゴミを出さなければならない。
「生身の私」が些末な日常生活に従事しなければならない以上「セカンドライフ」が「ファーストライフ」になる日は来ないだろう。
ただし、死ぬまで働かなくていいほどの財産を持っている人は可能かもしれない。
以上は本書を読んで少し気になった点。

一番ひっかかったのは「キャラ化するニッポン」の象徴的存在として紹介されているエビちゃんこと蛯原友里についての記述。
本書p149
…だからこそ、そのことに自覚的な彼女は、できあがったキャラとしての自分を「私」ではなく「エビちゃん」と呼んでいるのである。(ちなみに、モデル仲間の押切もえはエビちゃんのことを「エビ」と呼ぶらしい。)
括弧内の押切もえのエピソードはどうでもいいような気がした。

キャラ化するニッポン (講談社現代新書)


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1. セカンドライフ パソコン  [ セカンドライフでもう一度人生やり直しませんか? ]   2007年09月28日 01:41
今日の液晶テレビ情報子供の頃から家にあるテレビといえば小さいブラウン管のテレビ・・・。大画面液晶テレビで、ドラクエとか、ファイナルファンタジーとかを、思いっきりプレーするのが夢でした・・・・。今なら、セカンドライフなんかを大画面でプレイしたいですね^^. ....

この記事へのコメント

1. Posted by すぎ   2007年09月29日 03:17
5 たいちゃん鋭いこと書いてるね。

でも僕はここにこれ以上どう鋭いのかは書けません。
今度会ったらお話しますよ。

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