2007年06月30日

予想屋さん

最終4コーナー


12年ほど前の話。
なぜそこに足が向かったのか忘れたが僕は競輪場にいた。
競輪場は今まで経験したことのない雰囲気だった。
9色のユニフォームを着用した大人が必死になって自転車を漕いでいる姿にまず魅せられた。
次に、負けた選手に容赦なく野次を飛ばすグレーのオジさんたちに魅せられた。
「神山〜、おまえちゃんと仕事しろよ!殺すぞ!」
平日の昼間、一所懸命に自転車を漕ぐ選手に「仕事しろ」と叫ぶオジさん。
シュールな光景だった。
若者はほとんどいない。
ためしに車券を買ってみようかと思ったがどう予想したらいいのかわからない。
適当に100円だけ買って帰ろうとしたら、台の上からしゃがれた声で口上を述べている人がいた。
「次のレースはねえ、3番車がインで粘るよ。南関ラインは別戦から捲ってくる可能性もあるねえ。一番人気が7−2?そんなの来るわけないね。栃茨がすんなり3番手にハマればの話でしょ。九州勢が二段駆けしてきたらどうするの、ズブズブまであるよこのレースは」
「花崎」という屋号の予想屋さんだった。
皆から「花さん」と呼ばれるこの予想屋さんの話す言葉が僕にはまったく理解できなかった。
インで粘る?南関ライン?南関ライン?二段駆け?ズブズブ?
そのレースで花さんの予想が当たったかどうかは忘れたが、花さんの口上が聞きたくて結局最終レースが終わるまで競輪場にいた。
その日から毎日のように競輪場に通った。
だんだん花さんの言葉も理解できるようになってきた。
競輪は予想以上に奥の深い競技だった。
花さんが予想した車券が的中すると客から次々とご祝儀が舞い込んでくる。
クリップにはさまれ一万円札の束がホワイトボードに貼付けられる。
面白い仕事だなと思った。
花さんは厳しいそうな人で話しかけづらい雰囲気だったので他の予想屋さんに「どうしたら予想屋になれるのですか」と尋ねた。
その予想屋さんは「まずは親方の下で最低十年は修行だな。もちろん給料なんて出ないぞ」と答えた。
その一言であっさりと予想屋への夢はあきらめた。
その後、地方の競輪場に遠征するなど客として競輪を楽しんだ。
今の仕事を初めてから、ほとんど競輪場に行かなくなった。
昨年、8年ぶりに小田原競輪場に足を運んだ。
花さんはあいかわらず健在で初めて会った時と変わらないスタイルで予想をしていた。

予想屋花さん

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